建物を量産する時代を終えて、今ある建物を利活用する動きは建築・不動産の業界に浸透し始めています。しかし「再生」を新築と同じように選択肢の1つにしている建主はまだまだ少なく、実際に設計した経験や技量を持つ建築家も多いとは言えません。ここでは建築の再生という新しい設計手法を知っていただくために概要をまとめています。再生は今後さらに実例が増え、研究も進むと思われる分野です。私たちもその進化に伴って、今後本ページを追記・更新していきます。
(01)
建築の再生とは、既存建物に多角的にアプローチし、
課題解決と価値創出を行う設計手法です。
建築の再生とは、既存建物を元に建築をつくる設計手法です。その特徴は大きく4つに分けられます。
- ① 建物の「長期的な利用」を前提とする
- ② 性能(耐震・耐久、遵法、快適、採算、機能)を大幅に向上させる
- ③ 新築やリノベーションと全く異なる技術体系やプロセスでつくる
- ④ 新築には再現できない価値を生み出す
以上の4つは、新築と類似性のある①②と、相違性を持つ③④に分かれます。
建物の完成から数十年の寿命を想定する点や、現代的な社会のニーズやルールを満たすよう設計する点は、新築と同じ価値観に基づいていますし、総合的な完成度や、多角的な視点が求められる点も新築と同様です。
一方、既存建物を使い、さらにその全体に手を加える点は、白紙のキャンバスに自由に線を描くような新築や、構造体の中で間取りや仕上げのみを変えるリノベーションとは建物をつくるプロセスや技術体系が根本的に異なります。また、出来上がる建物の姿やもたらされる価値も、他の設計手法にはないものがあるのも再生の特徴です。(後述)
まだまだ事例が少ない手法や取り組みですが、成熟社会ならではの新しい豊かさをもたらす建築のつくり方、それが再生なのです。
(02)
再生と「リフォーム・リノベーション」との違い
新築志向の強い日本で既存建物の活用が広まり始めたきっかけは、オイルショ
ックや経済成長率の鈍化が起こった1975年ごろだと言えるでしょう。さらに
1995年ごろになると、バブル崩壊以降の不景気が長引くことが濃厚になり、
多くの企業がリフォームに力を入れるようになっていました。同時に、修繕や
原状回復という意味での「リフォーム」に対して、個性的な価値観やセンスで
差別化する意味で「リノベーション」という言葉が使われ始めました。
加えて1995年は阪神・淡路大震災が発生した年でもあり耐震改修の必要性も
広く認識されるようになりました。
このような経緯で普及、定着してきたリフォーム・リノベーションに比べて、
「再生」はより多角的・根本的に建物にアプローチすることが特徴です。単な
る表層の改修や、対症療法的な耐震化・設備更新に比べて、建物全体で意匠/
構造/設備が複合的に計画され、また表層から深層まで手を加えることで、適
法化や耐震化、長寿命化といったより広範囲で根本的な課題に向き合います。
既存建物を使いながら新築のように建物全体を統合した計画や、複雑に絡み合
った法的状況の整理、検査済証の再取得といった再生特有のプロセスを経るた
め、事前の綿密な調査・企画を経て設計されます。
再生もリフォーム・リノベーションも今後ますます必要とされる事に違いはありません。また、建物状況や目的によっては建て替えた方が良いケースもあります。重要なのは、これからの社会に対してその建物で何を実現したいのか、建主と建築家がよく共有した上で、最適な手法を選択する事にあると考えています。
(03)
建築の再生がもたらす3つの価値
再生の目的は、新築と比較した際のコストや工期の優位性や、耐震化、資産価値の向上などが挙げられる事が多いですが、既存建物を再生する事で生まれる価値は様々です。ここでは大きく「社会的価値」「創造的価値」「現実的価値」の3つに整理してみました。
【社会的価値】
成長時代に大量供給された既存ストックを活用することは、初めて“建物が余る時代”を生きる私たちが乗り越えなければならない課題の一つです。
建築の再生は、既存ストックを文化資源としても、オーナーの営みを支えるアセットとしても長期活用することで、この課題に応えるものです。また、時間の蓄積が実感できる生き生きとした都市や社会の醸成にも繋がると言えます。
【創造的価値】
今の技術や制度では再現できないヴォリューム、マテリアル、構法などを維持・活用することで、新築では生み出せない建築が可能になるのも再生のメリットです。また、ある目的に合わせて造られた建物を別の視点から眺めて新たな目的に転用する事で、予期せぬカタチと営みが出会い、定型化された思考や日常から人が自由になれるデザインを創造できるのも、再生ならではの価値と言えます。
【現実的価値】
違反建築の遵法化、古い建物の耐震化などは、オーナーや事業者の営みを支える上で重要な役割を果たします。その延長として、耐用年数を超過した建物を再生する事で長期融資が組めたり、入居者やテナントを退去させずに「居ながら工事」ができると言った様々な実利もあります。
(04)
再生に必要な検討要素と独自のフロー
再生ではプランニングの前に既存建物に関連する様々な情報を把握する必要があります。再生の建築計画において、確認・検討する主な要素は下記の4つに分けられます。
<既存建物状況>
新築の場合は建築プランに必要なのが「敷地」の情報ですが、再生ではそれに加えて「既存建物」の情報を詳細に把握する必要があります。既存図面などが残されていない場合は復元を行います。
<法規>
既存不適格(法改正などで現行の規定には適合していないもの)や、違反(不適切な増改築等や新築時から規定に適合していなかったもの)があるか確認します。新築時には法的に問題がなかった場合でも、年月が経つ中で現行規定に準じなくなった建物については、適合化をするかどうか含めて検討が必要です。
<予算>
予算に収まるように建築プランを提案するのは新築と同じですが、再生の場合は工事する範囲や種類によって予算に幅が生じるため、色々なオプションの有無の調整がを行います。
<構造>
構造的には旧耐震建築物(昭和56年5月31日までに建築確認を受けたもの)を耐震化する場合には、構造体のコンクリートなどの強度等を調査したり、耐震診断によって耐震性を把握した上で、補強計画を立案します。
これらに加えてオプションとして「居ながら工事」の希望があるかなど、建主の要望を確認しながら調整します。これらは時に矛盾する要件もあるため、1つ1つ順番に進めるのではなく「同時並行・ループ」しながら確認・検証をして、最終的な建築計画に落とし込んでいく必要があり、新築とは根本的に異なるプロセスがとられます。
(05)
ケーススタディ
art BLD.
築35年の住居と美容院が併設されていた建築の用途変更を含む再生プロジェクト。
再生の目的
不動産業を営む傍らでギャラリー運営と作家活動をしている建主にとって、住居であると同時に今後の活動拠点となる場をつくる事を目的としました。また代々受け継がれた家具を大事に使い続ける建主の価値観に沿って、以前の持ち主も含めて長い間大切にされてきた建築を「今必要な形にして残す」事も重要な目的となりました。
既存建物状況
旧耐震の建物ではあるものの、RC造による大きなスパンや耐火性能を有しており、少し手を加えることで劇的に生まれ変わりやすい物件である事がわかりました。階段室は竪穴区画により壁と鉄扉で閉じられており、再生前は上り下りだけのエリアになっている事もヒアリングでわかりました。
法規
建主に必要な3つの用途(住居・店舗・ギャラリー)を、消防令8区画により区画することで、消防法上はそれぞれの用途=別棟としました。これにより既存にあった竪穴区画が不要となり、新たな空間にする可能性を検討する事ができました。
構造
構造的に不要な間仕切り壁をすべて取り払うことで建物全体を軽量化し、躯体への構造的な負担を減らしました。また、新設する壁はほぼ全てを乾式とした上で、新設する範囲も消防令8区画を形成するために設けた地上1階の貸店舗と住宅玄関の界壁と、3階の水回り部分のみに抑えました。
予算
上記の通り壁を新設する範囲を抑え、防火設備を最小限にした事でコストを調整。元の建物のまま活かせる部分は残して、過度な新設工事をしない事でコスト面でのバランスを実現しました。
これらの要素は相互に影響しあうため、実際の再生のプロジェクトでは複数要素に優先度をつけ、ループ・往復・同時並行させながら建築プランに落とし込んでいきます。
建築プラン
引き継がれてきた建物の「残す要素」と「新しい要素」がグラデーションのようにまざり合う建築プランを提案。RC 造の大きなスパンを活かし、元あった間仕切りを取り払って広いLDKを設けました。また、消防令8区画にする事で不要になった階段室の竪穴区画を吹き抜けにしてLDKと一体化させ、さらに開放感のある空間を獲得しています。仕上げもあえて新旧さまざまなテクスチャを散りばめており、建築のコンセプトを表現したデザインとしています。
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(Epilogue)
建築の再生が当たり前の選択肢に。
今あるストックをどう活かすか考える事は、社会にとって重要というだけでなく建築を手がける側にとっても非常にチャレンジングなテーマです。しかし未だ日本では新築の方が価値が高いという先入観から、古い建物は壊されるか放置されるという現状が続いています。再生への理解が進み、建築家も建主側も再生がスタンダードなものとして選択される世の中になる事を目指して、私たちは今後も活動を続けます。