既存のポテンシャルを最大化する、最小限の操作
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計画概要
築35年の店舗付き住宅の再生です。建主は不動産業を営む傍らでギャラリーを運営しながら自身も作家として活動しており、自分の住処であると同時にギャラリーの運営と店舗の経営ができる場所として、この建物を取得しました。
3つの用途を区画して 空間構成を再構築
従前の所有者は地上1階から3階までを家族のための専用住宅として、地下1階を自身が経営する美容室として利用していました。
建主の生活は自身と犬1匹のため住宅部分は地上2階と3階にとどめ、地上1階を貸店舗、地下1階を建主が運営するギャラリーに変更しました。
3つの用途は消防令8区画により区画することで、消防法上はそれぞれの用途を別棟としています。これにより、防災設備を最小限にしてコストを抑え、竪穴区画を不要にして独特の空間をつくるなどを試みました。
構造上不要な壁を撤去して建物を軽量化し、旧耐震建築物の実質的な耐力を向上
旧耐震の建物であるため、構造的に不要な間仕切り壁をすべて取り払うことで建物全体を軽量化し、躯体への構造的な負担を減らしています。また、新設する壁はほぼ全てを乾式とした上で、新設する範囲も消防令8区画を形成するために設けた地上1階の貸店舗と住宅玄関の界壁と、3階の水回り部分のみに抑えています。
既存のポテンシャルを活かす
既存建物をよく調べると、少し手を加えるだけで劇的に生まれ変わる可能性がたくさん隠れていることが分かったため、それらを最大限に活かすことを考えました。
たとえば、周囲の木造戸建てと異なりRC造による大きなスパンや耐火性能を持っている点に着目し、間仕切りを取り払って25帖程度の大きなリビングダイニングキッチンをつくっています。
また、階段室は従前では竪穴区画により壁と鉄扉で閉じられ上り下りだけの機能に縛られていましたが、消防令8区画により竪穴区画を不要にしています。
こうすることで、間仕切り壁が取り払われてリビングダイニングキッチンと一体の空間になっているとともに、3層吹き抜けのダイナミックな空間に変化させました。
グラデーショナルな新旧による新築では得られない空間
建主は祖父の代から受け継いできた家具に、海外旅行などの機会に少しずつ買い足してきた、自身が本当に良いと思うものに囲まれて暮らすことを望まれていました。また、前所有者も既存建物を丁寧に施工させて長い間大切に扱い続け、今後もその状態が続くことを願っていました。
そこで、新旧を対比させるのではなく両者が混ざり合うような状態を作ることにしました。たとえば内装の仕上げは新たに壁を設置して塗装した部分、デコボコした既存躯体や木毛版の上に塗装だけ施した部分、既存の壁紙を表面だけを剥がした部分、壁紙を全て剥がして下地のモルタルを露出させた部分、その上から塗装した部分など、グラデーショナルに連続した新旧がちりばめられています。
そこに、建主が数年前に買った家具、35年前に施工された造作収納、建主の祖父がずっと昔につくった棚などを配置しました。このようにすることで、「本当に必要なものをきちんと作って長く使い続ける」という新旧の所有者に共通した想いをつなげることを試みました。
また、既存建物には今の時代に新設することはコスト的・法的に難しい部分がたくさんあり、それらを活かすことで新築では得られない建物を獲得することを目指しました。
鉄筋コンクリート造の既存ストックを、現代的に再生した好例として評価した。実質的な構造耐力の向上、区画の考えの整理による開放的な空間の獲得、新旧混在の空間表現など、質の高い建築的操作が行われている。1つの建築作品としても魅力的であるが、このような取り組みの集積が現行規制を逆照射し、安全性と創造性の両立に、より多くの関心が向けられることも期待する。
グッドデザイン賞 審査員の評価コメントより