渡邉明弘建築設計事務所 [AKI WATANABE ARCHITECTS]

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小規模ペンシルビルのポテンシャルを顕在化する

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Date
2023.6
Summary

耐震補強専門の建設会社による新規事業のモデルケースとして、神保町にある築49年の雑居ビルを耐震化し、シェア型複合施設として再生した。小さな古ビルが建ち並ぶ神保町の質や記憶を引き継ぎつつ、「修繕」と「建替」の二者択一を迫られる状況に対して再生により他の選択肢では得難い空間を生み出した。
再生と相性の悪い小規模ビルに典型的な躯体に対して、特殊な補強によってその形式を残すことで開放感や機能性を維持。使いにくいとされている躯体のポテンシャルを最大化するように挿入したインフィルや既存仕上げを撤去した「剥がし放し」の外装など、再生ならではの建物として生まれ変わらせた。
並行して事業計画についても企画段階から事業主や不動産コンサルタントと議論を重ね、この場所と建物ならではのビジネスが出来上がっている。

受賞:JIA優秀建築選2024、GOOD DESIGN 2024 BEST100、日本空間デザイン賞2024 サステナブル空間賞・Longlist

Project Point
  1. 機能・経済的に実現が困難だった小規模ペンシルビルの再生を、構造形式を活かす柱補強を含む総合的な計画によって実現
  2. 再生ならではの「剥がし放し」の外壁や放射型のプランなどの、他の選択肢では得難い空間
  3. 企画段階から建築と事業を並行して検討し、街かどアンケートなどを通して地域のニーズを掘り起こし3つのシェア型プログラムを開発

修繕と建替・再開発の二者択一

敷地の北側は、古書店などを営む様々な時代の建物が重層的な景観を作っている、神保町のイメージそのままのエリアです。
魅力的な街並みの一方で、古い建物の多くは耐震性や老朽化といった問題を抱えながら、その小ささ故に抜本的な解決が難しく、修繕による延命を繰り返すにとどまっています。

配置図。水色で示す「古ビルエリア」は小さな築古ビルが建ち並ぶのに対して、南側の「再開発エリア」はそのような区画を複数丸ごと再開して超高層ビルに建て替えられている。

反対に南側では、古ビルは再開発で一掃され、今は巨大なオフィスやマンションが聳えています。
こうした真逆の顔をもつエリアが対面する角地で、築49年既存建物は<修繕>と<建替・再開発>の二者択一を迫られるように建っていました。

古ビルエリアから奥の再開発エリアを見る。

耐震補強の建設会社による新規事業のモデルケース

事業主は、建物耐震化の技術を活用して旧耐震建築物の再生事業を立ち上げた、耐震補強を専門とする建設会社です。
今回はその新規事業のモデルケースとして、自社の設計と施工で耐震化することを前提にこの建物を取得しました。

企画の初期段階に事業主と不動産コンサルタント、そして建築家から成るプロジェクトチームが立ち上げられ、「どのような建物に再生できるか?」「そこではどのようなプログラムが展開できるか?」と議論しながら、事業計画と建築計画を並行してプロジェクトを進めていきました。
当初はセオリー通りに飲食や事務所の賃貸というプログラムや利回りに基づく予算も検討したものの、いろいろなマーケット調査を通して、次第に古書街ブランドに頼らない神保町のニーズが見えてきました。

その結果、このエリアには無い3つのシェリングビジネス(外国人が半分入居する多国籍シェアハウス、無人のコワーキングスペース1、ハイエンド顧客層向けのシェア型レストラン)が導かれました。
このように、事業と建築を並行した議論の結果、単なる初期投資の回収から将来の展開も見据えたビジネスモデルの開発へと、建築のプロジェクトの目的そのものも再構築されることになりました。

小さなペンシルビルの構造形式に立ちはだかる、再生へのハードル

事業計画のディスカッションが進む一方で、既存建物自体は、築古の小規模ビルに典型的な構造形式が再生を難しいものにしていました。なぜなら耐震性や機能性といった問題を抱える一方で、それを解決しようにもブレースや耐力壁による耐震化、エレベーターや吹き抜けによる動線や空間構成の変更、老朽化した設備の単なる入れ替えなどは機能的・経済的に困難だからであり、さらに言えばこれが<修繕>と<建替・再開発>の二項対立をもたらしている要因だと思われました。

そこで、総合的・複合的な計画によって諸問題を解決することで、このような構造形式を作り変えるのではなく活かすことを考えました。まず、耐震化においては陳腐化した設備を更新する際に高架水槽や塔屋の一部を撤去することで建物を軽量化、耐力を向上させています。そうして必要な補強量を削減し、構造形式を維持するように柱だけを増し打ち補強したのです。

既存建物は再生とは相性の悪い躯体形式であったが、事業性や設備計画と連動した構造計画を立てることができたため、最も合理的で筋の通った改修方針が実現した。

既存建物は狭小な偏心コアという、小規模な雑居ビルの典型的な形式を備えていた。耐震補強として柱間に壁やブレースを設置すれば機能性が損なわれ、劣化した設備の更新はペンシル型ビル故に割高になる。また、エレベーターの新設やエントランスの拡張、低層階への吹き抜け設置などのリニューアルは、収支を悪化させ現実的でない。このように、再生とは相性の悪い既存躯体の形式(神保町はもちろん、全国にこのようなストックが存在する)に対して、私たちはその形式を維持するように、道路側の柱だけを増し打ち補強した。渡邉明弘『新建築』2023年8月号より抜粋

柱巻き補強の一部は外壁にスリットを設けて配筋する難易度の高い作業となったが、事業主としても技術を活かす好機となった。
柱と外壁の間にスリットを空け、屋内外とスラブ間を貫通するように配筋した。
打設量が少ない事から、コンクリートではなく充填材の無収縮モルタルだけで全体を一度に打設して施工性の合理化を図った。また、普通合板の型枠を使って既存躯体と微妙に表情を変え、「耐震補強」というクライアントの根幹技術や新規事業への想いを象徴するエレメントとして扱った。

躯体の隠されたポテンシャルを可視化

このようにして補強した躯体の中に、外壁の後退やブリーズソレイユ化された柱型が生み出す陰影のある接地階から3面採光の光あふれる最上階まで、階毎に異なる環境を仕上げで強調しながら、用途と往復しながら躯体のポテンシャルを可視化するように挿入しています。

その結果、ワンオペ営業も可能なコの字型カウンターや放射型に間仕切られたシェアハウスの個室群など、この建物を再生したからこその、新築や修繕では得難い空間が展開されました。

1階シェア型レストランは、10席のカウンター席を、約40m2の矩形の構造やワンオペ営業の動線に合わせてコの字型に配置した。
2階コワーキングスペースは、収益上必要な席数やフレキシブルな運営を製作家具で担保し、個人ブースも管理人も無くして経費を削りつつみんなでシェアする街の書斎を作った。
シェアハウスの個室群と共有の水回りがある3・4階は、全ての個室を接道面に窓先空地を取りつつ建物の外観に関わるサッシの割り付けに合わせて放射状にレイアウトした。僅か10m2ほどの個室をL型や凹凸型にするよりも部屋数が増え(シェアハウス運営会社の強いリクエストだった)、新築では実現しないような間取りとした。
外壁一面に広がる神保町の景色に向かって末広がりの住戸プランは、面積以上に広がりを感じさせる。小ささ故にハウスメイトと交流したり町に出かけたくなるような、東京都心の建築を再生したからこその暮らしが獲得された。

再生ならではの様式 外壁の剥がし放し仕上げ

半世紀近く街で親しまれてきた外形は、劣化したエントランス以外ほぼ既存を維持しています。仕上げは既存の吹き付けリシンを撤去して躯体のクラック補修に留める「剥がし放し」を現場で試行錯誤し、新しいような古いような再生ならではの様式を試行錯誤しました。

既存の吹付リシンを撤去して躯体のクラック補修に留める「剥がし放し」仕上げ

竣工から1年が経ち、これまで馴染みのなかった人々も訪れ始め街も事業もより開かれたものになってきています。
このプロジェクトでは、「建替・再開発」と「修繕」の二項対立を象徴するような敷地と建物で、シェア的なプログラムや設計手法によって街の記憶や質・スケールを引き継ぎつつ、ますます必要とされる既存活用を阻む状況を、<再生>ならではのあり方で乗り越えようとしました。
小さなペンシルビルの逆境を象徴するようなこの場所から、再生という第三の道が広がっていけばと思っています。

耐震補強会社が旧耐震ビルの再生事業を立ち上げ、そのフラッグシップとなるプロジェクトである。不動産コンサルタントと建築家とタッグを組み、プログラム的にも街の再活性化に役立ちそうなプロジェクトとなっている。特筆すべきは耐震補強方法だ。通常の窓面に耐震補強ブレースを入れるのでなく、屋上荷重を減らすのと柱の増し打ちで達成している。窓面が都市に開いた建物となっている。外壁のリシン剥がしっぱなしも味のある仕上げとなっている。再開発で壊されることの多い旧耐震ビルを社会のストックにする道を開いているプロジェクトとして高く評価した。
グッドデザイン賞2024 審査員の評価コメントより(公式サイトはこちら

  1. 現在はシェアスペース利用として稼働中で、多様な利用者がシェアして使うレンタルスペースや水彩画のレッスンなどで利用されている。 ↩︎

所在地:東京都千代田区神田神保町1-37-1
主要用途:シェア型レストラン、コワーキングスペース、シェアハウス
構造:RC造
規模:地上5階
延床面積:287m2
企画・設計監理:渡邉明弘建築設計事務所
建築:オクムラデザイン
電気設備:SOM事務所
機械設備:工学院大学野部研究室

不動産コンサルティング:創造系不動産
撮影:新建築社写真部、鳥村鋼一(既存、工事中以外)
掲載:新建築2023年8月号、architecturephoto®︎、JIAリノベーションアーカイブ.com
受賞:JIA優秀建築選2024、GOOD DESIGN 2024 BEST100、日本空間デザイン賞2024 サステナブル空間賞・Longlist

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